機械的な人間には惹かれない
最近よく思うことがあって、
例えばコンビニで
店員さん「袋入りますかー?」
私「ください」
店員さん「はーい。○○円になりまーす」
私「支払いQUICPayで」
店員さん「こちらタップしてくださーい」
私「ありがとうございます」
店員さん「ありがとうございましたー」
というやりとりの中で、店員さんの言動が機械的で気分が良くない。
このときの機械的というのは、
話し方(声のトーン・大きさ・リズム)が一定、
表情がない、
目線を合わせない、
など。
つまり、
「目の前の人に意識を向けていない」
ということ。
たしかに、
店員さんからしたら一日にとてもたくさん来るお客の一人だけど、こちらからしたらそうではない。
機械的な対応でも物を売るという仕事は成り立つけど、次来る時もこの人だったら嫌だなって思ってしまう。
でも、
これはコンビニの店員さんにだけ言えることじゃなくて、他業種でもそうだし、どんな人間関係でも言える。
人間は、
「こういう時はこうしよう」
というパターンをたくさん持っている。
持っているからこそ、頭の中で準備ができ、不安を減らすことができる。
ただ、
それを無意識的に機械的にやっていては魅力はないということ。
パターンは持ったまま目の前の人に意識を向け、
「その瞬間のこの人にとって必要なことは何か」
を常に考えなければいけない。
意識を向ければ、
そのパターンのままいくのが良いか、
少しアレンジをした方が良いか、
または全く別の行動をした方が良いか、
が考えられるようになる。
つまり、
機械的=無意識的
人間的=意識的
ということだと思う。
機械的でなく、人間的に生きる時間を増やしたい。
人間は、人間的な人に惹かれるから。